2020年04月22日
昆虫の母の愛
稲垣 栄洋著 「生き物の死にざま」から
ハサミムシの卵の期間は、昆虫の中でも特に長く四十日以上もあるとされている。
長い場合は、卵がかえるまでに八十日かかった観察もある。
その間、片時も卵のそばを離れることなく、卵を守り続けるのである。
そして、ついに卵がかえる日がやってくる。
待ちわびた愛する子どもたちの誕生である。
しかし、母親の仕事はこれで終わりではない。
ハサミムシの母親には、大切な儀式が残されている。
ハサミムシは肉食で、小さな昆虫などを餌にしている。
しかし、孵化したばかりの小さな幼虫は獲物を獲ることができない。
幼虫たちは、空腹に耐えながら、甘えてすがりつくかのように母親の体に集まっていく。
これが儀式の最初である。
いったい、何が始まろうとしているのだろうか。
あろうことか、子どもたちは自分の母親の体を食べ始める。
そして、子どもたちに襲われた母親は逃げるそぶりも見せない。
むしろ子どもたちを慈しむかのように、腹のやわらかい部分を差し出すのだ。
母親が意図して腹を差し出すのかどうかはわからない。
しかし、ハサミムシにはよく観察される行動である。
何ということだろう。
ハサミムシの母親は、卵からかえった我が子のために、自らの体を差し出すのである。
そんな親の思いを知っているのだろうか。ハサミムシの子どもたちは先を争うように、母親の体を貪(むさぼ)り食う。
残酷だと言えば、そのとおりかもしれない。
しかし、幼い子どもたちは、何かを食ベなければ飢えて死んでしまう。
母親にしてみれば、それでは、何のために苦労をして卵を守ってきたのかわからない。
母親は動くことなく、じっと子どもたちが自分を食べるのを見守っている。
母親は少しずつ少しずつ、体を失っていく。
しかし、失われた体は、子どもたちの血となり肉となっていくのだ。
遠ざかる意識の中で、彼女は何を思うのだろう。
どんな思いで命を終えようとしているのだろうか。
子育てをすることは、子どもを守ることのできる強い生き物だけに与えられた特権である。
そして数ある昆虫の中でもハサミムシは、その特権を持っている幸せな生き物なのである。
そんな幸せに包まれながらハサミムシは、果てていくのだろうか。
子どもたちが母親を食べ尽くした頃、季節は春を迎える。
そして、立派に成長した子どもたちは石の下から這い出て、それぞれの道へと進んでいくのである。
石の下には母親の亡骸を残して。
命あるものは、子供を愛するように遺伝子に刻み込まれるているように思います
ただ、人間の世界では、心を痛めるような、いじめや虐待の記事が後を絶ちません
子供のために・・が、自分のために・・と、はき違えてしまうこともあるとも思います
自然の中に学ぶことも多いと思いますね
Posted by 尾上 正 at
08:20
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