< 2019年04>
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
QRコード
QRCODE
無題ドキュメント
インフォメーション
【オフィシャルブログ】 社長ブログリーダーズ
お店ブログharimaChic!
ベーシックブログベーシック
神戸・明石・兵庫でホームページ制作なら 兵庫web制作.com


まるはりMOOK本発売!

アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 7人

2019年04月30日

祝婚歌

今日で31年にわたる平成が終わります 国旗:日本

新しい令和の時代が始まります 日の出

素晴らしい時代になればと、心から思います

新しい人生のスタートといえば、“結婚式”がありますね

祝婚歌という歌があります  詩人、吉野弘作


二人が睦まじくいるためには愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは長持ちしないことだと気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだとうそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかがふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても、非難できる資格が自分にあったかどうか、あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは、少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは、相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい

立派でありたいとか、正しくありたいとかいう無理な緊張には色目を使わず、ゆったりゆたかに光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら、生きていることのなつかしさに、ふと胸が熱くなるそんな日があってもいい

そしてなぜ胸が熱くなるのか、黙っていても二人にはわかるのであってほしい



結婚披露宴のスピーチで引用される詩です

結婚だけではなく、人と人とのコミュニケーションとしても、大切だと思います

人間自体が完璧でないのに、その行動が完璧ではなくても当たり前

改善・最善があればそれでいい  ニコニコ

自分が正しいと考えると、自分と違う考えの人は間違っている・・
本当にそうでしょうか・・
正しい正しくないは、人によって違います

人はそれぞれの中に、自分なりの正しさを持っています

これから5月

さわやかな風が吹きます

素敵なGWを

そして、素晴らしい時代に  クローバー




  


Posted by 尾上 正 at 05:49Comments(0)

2019年04月24日

銀座すきやばし次郎店主 小野二郎さんの努力の源とは

銀座すきやばしは、最高齢(93才)のミシュラン三つ星シェフとして、またオバマ元大統領が食事をされたことでも知られていて、日本一の寿司店ともいえる店ですね 

店の外では、手のモデルと同じように、ずっと手袋をしておられることも有名です

「同じ鮨でもシミの無い手で握ったほうがおいしそうでしょ」 ニコニコ


日本経済新聞記事から

子供のころに生活に困窮し、叔父の家に預けられたが、そこでも持て余されて、地元の料理旅館に小学1年生の時に奉公に出された。

早朝から午前0時ごろまで働きづめで、店が忙しくないときには学校に行ったが、居眠りをしているか、廊下に立たされているか、どちらかだった。

居場所のない人生だった。
叔父の家に預けられた後は、母とはほとんど会わずじまい。
父に至っては、いつ亡くなったかすら知らない。

太平洋戦争で、死を覚悟して帰ってきてからは、「自分の家族を、家庭をそうしちゃいけないと思っている。だから遊ぶより仕事、勉強」
握り続けることが、ようやく自分の手に入れた居場所を守ることだった。

生まれて初めて夢を抱き、「銀座で自分の店を持ちたい」

他の見習いが遊んでいるときも、ひたすら練習に打ち込んで、結婚してからも、たまの休みで家で寝ていると、子供が妻に「どっかのおじさんが寝ているよ」

自分は決して器用ではないが、何年でも何十年でも努力し続ける才能があった。

今でも寿司が好きだから、やっばり「店に出てきちゃう」

今日もつけ場にきっちり立ち、最高の寿司を握っている


小野二郎さんは大正生まれです

大正、昭和、平成、そして令和の時代に、一つの仕事を貫く姿って、本当にすごいと思います

願望、感謝、継続

言われてみれば当たり前のことですが、続けることは当たり前ではありません

本当に大切なことは、「シンプル」です

だれもが、自分の舞台の“主人公”

山を一歩で登ることはできません

目の前のことを一歩一歩・・ 

それが、振り返った時に、あーここまで来たんだなー・・と思えますね


  


Posted by 尾上 正 at 07:04Comments(0)

2019年04月17日

医学の父、ヒポクラテスが今の時代に伝える言葉

私は健康に携わる仕事についていますが、医学の父と言われているのは、古代ギリシャのヒポクラテスです  救急箱  

「ヒポクラテスの誓い」は、医師の倫理・使命などの神への誓いの言葉です

世界中や日本でも、教育の中で教えられています

今も2000年の時代を超えて、健康への最も大切なことを教えています

「人は、自然から遠ざかるほど病気に近づく」

「食べ物で治せない病気は、医者でも治せない」

「人間は自然の中で生活をすれば、120才まで生きられる」

「病気は食事療法と運動によって治療できる」

「健全なる体を心がけるものは、健全なる排泄を心がけなければならない」

「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」

「人間は誰でも、体の中に100人の名医を持つ」

「病気は神が治し、恩恵は人が受け取る」

「病気は人間が自らの力を持って自然に治すものであり、医者はこれを手助けするものである」


ヒポクラテスはキリストが生まれる前の紀元前の人です

その時代に、自然治癒力・免疫力・人体の力の大切さを説いています

生活習慣病といわれますが、ではその“生活習慣とは”・・・

生活習慣の基本は、食事・水・それを正しく取り入れ排泄すること・運動・休養・心の持ち方の、大きく分けて6つです (ほかにも考え方があります)

2000年以上前に、その大切さを指摘していますね

今は遺伝子の研究で、人は120才位まで生きることができるとわかっています (いろいろな原因で、そこまで生きることはハードルは高いですが・・)

日本では、戦前では平均寿命は50才までありません

紀元前の時代に、どうして人の寿命が120才まで生きることができるとわかっていたのか・・

原因があって結果がある・・

その原因を正しくするのは、うーーーん、大変・・  アセアセ

今の日本では、原因に手を付けず、これをすれば(飲めば)すぐに健康になれるという手法が花盛りです

もうすぐ平成の時代が終わりますが、時代を超えた言葉に目を向けることも大切だと思いますね
  


Posted by 尾上 正 at 06:45Comments(0)

2019年04月10日

戦時中に見る、“日本人の友愛の心”

私の住む姫路市、となりの加西市は戦時中は軍施設があり、現在も自衛隊の施設や演習場があります 国旗:日本

戦時中は捕虜施設があり、当時の写真や記録が残っています

第一次大戦で、捕虜として日本にきたドイツ兵やオーストリア兵との写真では、施設の日本人と捕虜とがサッカーで一緒にゲームをした写真が残っています

軍人との写真だけではなく、街中での近隣の人との写真も数多くあります

ハーグ条約(捕虜として捉えた者に対しては、たとえ敵国兵でも人権を尊重する)がありましたが、第二次大戦でロシアに連れていかれた日本人が過酷な労働で次々死んでいったように、当時は敵国の捕虜は大切には扱われなかったことが普通だったですね

そういう時代の中でも、姫路や加西での捕虜に対する扱いでは、施設の中に、ビリヤードやカードゲームがあり、新聞も見られ、アルコールもでていました

テニスコートもあり、水泳も許可されています

時には、近隣への“遠足”の時間もあります

驚くべきことに、捕虜たちだけで町に買い物に出る時間もありました  オドロキ

もし、途中で逃げてしまったら・・・  どうするんだろう・・・

捕虜たちの、自分たちはこの場所では安全で守られている・・という思いがあったから、それが可能だったのではと思います

とても“敵国の兵”に対する待遇とは思えないですね

私たち日本人は、国を守るために戦っている

あなたたちも、自分の国を守るために戦っている・・との、尊重する姿勢

昔の武士道の姿勢が残っているようです








  


Posted by 尾上 正 at 08:23Comments(0)

2019年04月03日

羽生 結弦選手 「努力はウソをつく。でも無駄にはならない」

月刊 到知 4月号から

五木寛之

羽生選手が「努力はウソをつく。でも無駄にはならない」と言っていました。

必ずしも報われるとは限らないけれども、努力はすべきであるという含みを持った発言ですよね。

あの羽生選手でも、時にはやったことが全部無駄だったという挫折もあるのかと思って、この言葉はとても印象に残っているんです。

横田南嶺

あの若さでよくそういう言葉が出てくるものですね。

やっばり、一つの道を突き詰めていく人は違いますね。

五木

いや厳しいですよ、この発言は(笑)。

努力は必ずしも報われない。でもやらなければ、と




努力は尊いものです

大切なことだと本当に思います

ただ、努力すれば夢は叶えられる・・ と言われたりもしますが、必ずしもそうはなりませんね

理由は簡単で、自分の中のことは、自分でコントロールすることができますが、自分以外の人が関わってくる“結果”に対しては、すべてのコントロールはできません

白鳳でも、前頭1枚目にも負けることはあり得ます

春の甲子園でも、すべての選手が“優勝”の2文字のために全力で戦っても、優勝校は1高のみ

でも、予選を含めて途中で敗退していった多くの選手の努力は無駄だったのか・・

「それはそうだろう」と言える人は、いないのでは・・

一時的には、報われなかったかもしれない

でも、続けていくことで、その“経験”“学び”“感謝”“悔しさ”“思い”・・が積み重なれ、自分自身の厚みが強くなっていくのではないでしょうか

“結果”は、100%手の中になかったとしても、そのためのプロセスは、自分の手の中にあります


あとは、努力は“苦しいもの”と考えていると、脚が重くなっちゃいますね

“楽しく”努力する・・で  ニコニコ
  


Posted by 尾上 正 at 08:07Comments(0)