2019年02月13日
日本人の“粋”
百田 尚樹氏 「日本国記」から
1860年、日本人として初めてアメリカへの訪問がなされます。
サンフランシスコから蒸気機関車とアメリカ軍艦を乗り継いで、ワシントンに到着した。
町は彼らの姿を一目見ようとする市民たちで溢れかえった。
ニューヨーク・ヘラルド紙は「星からの珍客」と評した。
髪を結い、見たこともない服装で、腰に二本の刀を差した日本人の姿は、アメリカ市民たちの目には非常に奇異に映ったに違いない。
しかしアメリカ人はまもなく、日本人一行の礼儀正しい振る舞い、慎み深い態度に感銘を受ける。
ニューヨーク・タイムズ誌は「彼らは世界で最も洗練された人たちである。我々には奇妙に見えるけれども彼らから見れば、我々も奇妙に見えるだろう」と書いた。
咸臨丸にはサンフランシスコの上流階級の人々が見学に来たが、この時、夫人たちも艦内に入ろうとした。
幕府の軍艦は女人禁制であり、木村は乗船を断わった。
夫人たちは怒り、今度は日本人を欺こうと男装してやってきて、まんまと乗船して艦内を見学した。
彼女らが船を降りようとした時、木村はお土産として紙包みを渡した。
彼女らが船から降りて紙包みを開けると、そこには美しい箸(かんざし)が入っていた。
この粋なはからいに、夫人たちが感激したのはいうまでもないが、サンフランシスコ市民も喝采を送った。
日本人の株が一気に上がったといわれている。
海の神様は、女神とされ、船に女性を乗せると女神が嫉妬して、嵐などの災いを招くとして、船に女性を乗せない時代が続きました
それでも、建前としては断っても、本音では“ウエルカム”で、日本のかんざしを送る・・
粋ですね・・
江戸時代の末期での世界では、世界一の国力を持っていたのはイギリスです
産業革命を終え、フランスと共に世界中に植民地を広げていきます
そのイギリスでは、当時では識字率は約1割ほどだったとか・・
そんな時代に日本では、子供や女性が読み書きができることに、日本を訪れた外国の人すべてが驚嘆します
日本中にある寺子屋で、庶民にまで教育がなされていました
外国から来た人が、3桁×3桁の掛け算の答えを即座に答えた日本人に、“こいつらは化け物なのか”と・・
和算(そろばん)で、頭の中でそろばんの玉をはじいて答えを出したのですが、当時の普通の民間人でそんなことのできる民族は、世界中で日本人だけです
当時アジアで植民地にされなかった国は、日本とタイだけですが、植民地化しようとした西洋諸国が、日本人は非常にレベルが高く、支配するには困難である・・と報告をしています
日本人の勤勉さと、学びの深さが感じられますね
Posted by 尾上 正 at
06:50
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2019年02月06日
「青春」とは、いつの時代のことか?
詩 サムエル・ウルマン
青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす
青春とは人生の深い泉の清新さをいう
青春とは臆病さを退ける勇気、やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある
年を重ねただけで人は老いない
理想を失うとき はじめて老いる
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ
苦悩、恐怖、失望により、気力は地にはい、精神は芥(あくた=つまらないもの)になる
60歳であろうと、16歳であろうと、人の胸には驚異にひかれる心、小児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる
大地より、神より、人より、美と喜び、勇気と壮大、そして力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、20歳だろうと人は老いる
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり、80歳であろうと人は青春の中にいる。
最近では、三浦雄一郎氏が、前人未到の挑戦を続けておられます
90才でエベレスト登頂を計画されています

その姿は、“青春そのもの”
体は確実に年月を重ねていきますが、“心”は、その人の考え方で、どのようにも作り出すことができます
この年になって、節分とは、「季節」を「分ける」意味があると知りました

暦の上では、すでに“春”
春風のように、さわやかに心を持っていたいですね
Posted by 尾上 正 at
06:41
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