2023年11月29日
追悼、作家伊集院静さん
作家の伊集院静さんがお亡くなりになられました
個人的に、とても好きな作家さんでした
“最後の無頼派”とも言われて、著書のエッセイの中では
当時独身の伊集院さんは、すでに有名でありながら、旅、お酒、競輪や海外のカジノなどに数億円をつぎ込み、銀座で飲んだいるときに自分の住んでいるところを話したところ、店の女の子がおもしろがって、店が終わった後にみんなで家を見に来て、「静ちゃん、こんなところに住んでるのー」と、当時住んでいた安アパートの、机一つ以外何もない部屋をみて、きゃっきゃっ盛り上がっていたと
一緒に来た井上陽水さんが、「あんた、これ・・・」と、絶句していたと
こんなに自由奔放に生きた作家さんは、今後現れないのでは
著書での読者からの質問コーナーでは、質問者に対して「ばかもん!」と叱責しながら、その言葉の裏に、負けるな、頑張れ・・という「優しさ」を感じました
学生時代に、弟さんを海で亡くして、その第一発見者となり、そのあとの死生観に影響を与えたとも思います
ご自身は、自分は無から小説を書ける作家ではなく、自分の経験から言葉をつづる作家だと
著書「なぎさホテル」では、最初の離婚を経験し、全てをなくし、東京から故郷の山口に帰る途中に、東京に来てから海を見てなかったなー・・と、逗子の海に降り立ちます
昼の穏やかな海を見ながらビールを飲んでいるときに、なぎさホテルのI支配人に「昼の海を見ながら飲むビールはおいしいでしょう
」と声をかけられて、その後になぎさホテルに何年も住むことになります
最初はお金もなく、ろくにホテル代も払えないのに滞在させてもらえて、旅に出る際はお金を貸してもらうことも
ホテル在中に、本を書き始め、作詞活動も始めます
近藤真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」や「愚か者」は、今も歌いつがれてます
作詞を依頼されたときに近藤真彦さんに、「どんな曲がいいの?」 「ギンギンがいいです!」
そこから歌が作られます
I支配人に、その後に「どうしてこんなに親切にしていただけたんですか?」
「それがホテルですから・・それに、私は人を見る目は持っているんですよ」
哲学者の森信三先生は、「人はあうべき人に必ず会う、それは一瞬早くなく、一瞬遅くなく」
もし、逗子の海でI支配人に声を掛けられなかったら、作家伊集院静は存在していません
それは偶然ではなく、天からの必然だったのだとも思います
あなたはこれから文字を書きなさいと
多くの人に愛された伊集院静さん
著書では「言葉には、人に勇気を与える力を持つと信じている」と書かれていましたが、本当にいろいろな人に勇気を与え続けていた作家さんでした
いまごろは、I支配人を含め、多くの人と笑顔で会っているのでしょう
人を愛したやさしい笑顔に、ありがとうございました
個人的に、とても好きな作家さんでした
“最後の無頼派”とも言われて、著書のエッセイの中では
当時独身の伊集院さんは、すでに有名でありながら、旅、お酒、競輪や海外のカジノなどに数億円をつぎ込み、銀座で飲んだいるときに自分の住んでいるところを話したところ、店の女の子がおもしろがって、店が終わった後にみんなで家を見に来て、「静ちゃん、こんなところに住んでるのー」と、当時住んでいた安アパートの、机一つ以外何もない部屋をみて、きゃっきゃっ盛り上がっていたと
一緒に来た井上陽水さんが、「あんた、これ・・・」と、絶句していたと
こんなに自由奔放に生きた作家さんは、今後現れないのでは
著書での読者からの質問コーナーでは、質問者に対して「ばかもん!」と叱責しながら、その言葉の裏に、負けるな、頑張れ・・という「優しさ」を感じました
学生時代に、弟さんを海で亡くして、その第一発見者となり、そのあとの死生観に影響を与えたとも思います
ご自身は、自分は無から小説を書ける作家ではなく、自分の経験から言葉をつづる作家だと

著書「なぎさホテル」では、最初の離婚を経験し、全てをなくし、東京から故郷の山口に帰る途中に、東京に来てから海を見てなかったなー・・と、逗子の海に降り立ちます
昼の穏やかな海を見ながらビールを飲んでいるときに、なぎさホテルのI支配人に「昼の海を見ながら飲むビールはおいしいでしょう

最初はお金もなく、ろくにホテル代も払えないのに滞在させてもらえて、旅に出る際はお金を貸してもらうことも
ホテル在中に、本を書き始め、作詞活動も始めます
近藤真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」や「愚か者」は、今も歌いつがれてます

作詞を依頼されたときに近藤真彦さんに、「どんな曲がいいの?」 「ギンギンがいいです!」
そこから歌が作られます
I支配人に、その後に「どうしてこんなに親切にしていただけたんですか?」
「それがホテルですから・・それに、私は人を見る目は持っているんですよ」
哲学者の森信三先生は、「人はあうべき人に必ず会う、それは一瞬早くなく、一瞬遅くなく」
もし、逗子の海でI支配人に声を掛けられなかったら、作家伊集院静は存在していません
それは偶然ではなく、天からの必然だったのだとも思います
あなたはこれから文字を書きなさいと
多くの人に愛された伊集院静さん
著書では「言葉には、人に勇気を与える力を持つと信じている」と書かれていましたが、本当にいろいろな人に勇気を与え続けていた作家さんでした
いまごろは、I支配人を含め、多くの人と笑顔で会っているのでしょう
人を愛したやさしい笑顔に、ありがとうございました
Posted by 尾上 正 at 06:26│Comments(0)