2022年02月09日
愛を届ける「親子健康手帳」とは
辻村 深月著 「図書館で暮らしい」から
瀬戸内海に浮かぶ島を舞台にした小説を刊行した時のこと。作中に、その島で使っている母子手帳のエピソードを書いた。
実は、この母子手帳の話は、私がとある離島を取材した際、本当に巡り合ったものだ。
その離島に住むお母さんたちは、母子手帳をものすごく丁寧に書き込む。私も出産経験があり、母子手帳を持っているが、健診の数値を書き込む程度の使い方しかしていなかった。
だから、島で最初にその手帳を見た時の衝撃はすごかった。妊娠中から、生まれてくる子どもにどんなことをしてあげたいか、出産後、どんなことがどう楽しかったか、不安だったかをたくさん書いていく。
聞けば、その島には高校がなかった。中学を卒業して進学する場合には、親元を離れ、島を出なければならない。そして、島のお母さんたちは皆、そのことを妊娠中から寛悟している。
「この子と一緒にいられるのは、十五歳までだから」と送り出す気持ちを前提に育児をする。
その島で使っている母子手帳は、「親子健康手帳」という名前だった。母子手帳には、健診や予防接種の記録をつける以外にもできることがもっとあると考えた人たちが、「日本の母子手帳を変えよう」というコンセプトのもとに作ったもので、現在、その島以外にも百五十を超える自治体で採用されている。
お母さんだけでなく、お父さんも参加できるようにと考えられた名称が「親子健康手帳」だ。
特徴はさまざまにあるが、私が最も感銘を受けたのは、最後のページに、子どもに向けた「贈る言葉」を書く欄があることだ。
この母子手帳は、親が自分の記念のために保管するものではなく、巣立つ子どもに贈るものなのだ。
成人まで記されたその子の健康カルテも、その時一緒に引き継がれる。
手帳には、冒頭、「お祝いメッセージ」を寄せ書きするページもある。
生まれてきた子どもにむけて、両親や祖父母、友人や、時には近所の人も、その子に向けた誕生おめでとうのメッセージを書き込む。
一日見て、私は圧倒された。「生まれてきておめでとう」とか「とてもかわいいと思ったよ」というメッセージは、内容も重なることが多い。けれど、明らかに違うこと、それは筆跡だった。
「パパより」「おばあちゃんより」と書かれた筆跡が全部違う。
お年寄りのものは少し震えていたり、まだ幼かったであろうお兄ちゃんのものがダイナミックにはみ出したり。自分が生まれてきたことを、それぞれの人がそれぞれの立場で喜んだことを知る、それは素晴らしい、記録の手帳だった。
自分が愛されて生まれてきたということを深く感じたときに、人は自分の存在を肯定できるのではないかと思います
感謝とは思うものではなく、感じるものだとか・・
最近では電子機器の母子手帳もあるそうですが、パソコンの文字では伝えられない、人の思いを乗せたメッセージには、強い力があるのだと思います
記録するための手帖の範囲を超えて、宝物の手帖にも・・
大人になった時に、改めてページを開いたときに、いろんな人の顔が思い出されるんじゃないかと思います
Posted by 尾上 正 at 06:27│Comments(0)