< 2019年07月 >
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
QRコード
QRCODE
無題ドキュメント
インフォメーション
【オフィシャルブログ】 社長ブログリーダーズ
お店ブログharimaChic!
ベーシックブログベーシック
神戸・明石・兵庫でホームページ制作なら 兵庫web制作.com


まるはりMOOK本発売!

アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 7人

2019年02月27日

モデルのような、きれいなお尻を作るには

若いときには筋肉があり締まっていても、年月とともに“重力”という自然な力で、顔や胸、おなか、お尻なども、下に下がってきます なき

筋肉は、鍛えることで、形を作ることもできます 力こぶ

モデルの方も、商品価値としての自分の体を美しく見せるために、努力を欠かしません 

モデルの方がお話しておられたことで、そのお尻の美しさを持つためにしていること

そのⅠ ストレッチ (スローストレッチ)
    
    ゆっくりとストレッチすると、筋肉内の血流が制限されて、強い負荷を
    かけて運動したと同じように、筋肉が作られます

そのⅡ 立ったまま、かかとを上げ下げする

    立つときに、肛門とお尻の左右のえくぼを、キュと閉めるイメージで



この2つで、美しい脚がつくられます

ストレッチは、下半身の健康を保つためにも本当に良くて、森光子さんが、高齢になってからもストレッチで体をつくっておられたのは有名です

そのほかにも、加山雄三さんや、黒柳徹子さんなどの、ご活躍されている方も続けておられます

黒柳さんは、ジャイアント馬場さんとお会いした時に、どうしたら年を取った時に元気でいられるかとの質問に、“ストレッチをするだけで大丈夫です”と言われてから、続けられていると

手を後ろで組むと、バランスを崩しやすいので、前で交差すると安定しやすいです

筋肉は約7割が下半身にあるので、鍛えることは、今後の健康に重要です

ほっておくと、年1%くらい減っていくので、70才くらいになると、若い時の半分くらいになってしまいます

糖分は、一時筋肉にためられるので、少ないと血液に一気に流れ、血糖が上がっていきます

代謝も悪くなるので、痩せにくくなります

熱も筋肉がつくっているので、冷え性にもなりやすくなります

筋肉は、血管を保護する・がんの増殖を抑制するホルモンも分泌しています

年を取ってからの生存率も3倍に (歩行速度調査)



キュッとしたお尻・・  いいですね  メロメロ

あっ  今想像された意味じゃないですからね   
  


Posted by 尾上 正 at 07:38Comments(0)

2019年02月20日

募金箱に少しずつ

ほろほろ通信 志賀内泰弘氏

名古屋市中川区の北村安代さん(69)が、ボランティアの仕事に出掛けるため、金山総合駅の南口でバスを降りた時のこと。
出入り口付近から、子どもたちの「お願いしまーす」という声が聞こえた。
目をやると10人くらいの小学生が募金箱を抱えてずらりと並んでいた。

北村さんの前を20代の男性3人が歩いていた。
全身黒ずくめ。革ジャンに革靴、髪が総立ち。耳や鼻にはピアス。
バイクのヘルメットを手にし、腰にはチェーンが垂れていた。
彼らが近づくと、子どもたちは一斉に呼びかけた。
「ユニセフ募金にご協力を」と。すると、そのうちの一人が箱の中に小銭を入れた。子どもたちは声をそろえて「ご協力ありがとうございました」と言う。

ところが、それで終わりではなかった。
その男性は、10人の募金箱すべてに順にお金を入れていったのだ。
その後に続いて、仲間の二人の男性も同じように10人の募金箱へ。
子どもたちの「ありがとうございました」の声が、笑顔とともに連呼された。

北村さんは感心した。ほかの子の箱に募金が入ると「私の箱に入れてくれないかなぁ」と思うかもしれない。仮に同じ100円でも、10円を10人の子の箱に入れることで、子どもたちの励みになるに違いない。

最後には募金箱を抱えていた小学1年くらいの子の頭をなで、3人は来た道を戻って行った。
この時、北村さんは彼らがわざわざ募金をするために立ち寄ったことに気付いた。
まねをして、全員の箱に募金をしたという。
少しずつだけど。

<中日新聞掲載 2008年8月17日>



駅前などで、若い人が震災や災害などの復旧のために、募金活動をされているのを目にします

その活動を支援のために、ほんのちょっとの力ですが、いつも100円募金をしていますが、
各募金箱に100円ずつ入れていくなど、考えたことなどありませんでした・・

それがよくて、足らないことがどうということより、今自分でできることを、ほんのちょっとの力でいいから、“行動”として、

どうしよう・・ と迷ったら、ほんの少しでも前に

うまくいったら、OK  だめだったら、貴重な経験 ニコニコ  

前に進んだ自分をほめてあげることも大切だと思います
  


Posted by 尾上 正 at 05:16Comments(0)

2019年02月13日

日本人の“粋”

百田 尚樹氏 「日本国記」から

1860年、日本人として初めてアメリカへの訪問がなされます。

サンフランシスコから蒸気機関車とアメリカ軍艦を乗り継いで、ワシントンに到着した。

町は彼らの姿を一目見ようとする市民たちで溢れかえった。

ニューヨーク・ヘラルド紙は「星からの珍客」と評した。

髪を結い、見たこともない服装で、腰に二本の刀を差した日本人の姿は、アメリカ市民たちの目には非常に奇異に映ったに違いない。

しかしアメリカ人はまもなく、日本人一行の礼儀正しい振る舞い、慎み深い態度に感銘を受ける。

ニューヨーク・タイムズ誌は「彼らは世界で最も洗練された人たちである。我々には奇妙に見えるけれども彼らから見れば、我々も奇妙に見えるだろう」と書いた。

咸臨丸にはサンフランシスコの上流階級の人々が見学に来たが、この時、夫人たちも艦内に入ろうとした。

幕府の軍艦は女人禁制であり、木村は乗船を断わった。

夫人たちは怒り、今度は日本人を欺こうと男装してやってきて、まんまと乗船して艦内を見学した。

彼女らが船を降りようとした時、木村はお土産として紙包みを渡した。

彼女らが船から降りて紙包みを開けると、そこには美しい箸(かんざし)が入っていた。

この粋なはからいに、夫人たちが感激したのはいうまでもないが、サンフランシスコ市民も喝采を送った。

日本人の株が一気に上がったといわれている。



海の神様は、女神とされ、船に女性を乗せると女神が嫉妬して、嵐などの災いを招くとして、船に女性を乗せない時代が続きました

それでも、建前としては断っても、本音では“ウエルカム”で、日本のかんざしを送る・・

粋ですね・・

江戸時代の末期での世界では、世界一の国力を持っていたのはイギリスです

産業革命を終え、フランスと共に世界中に植民地を広げていきます

そのイギリスでは、当時では識字率は約1割ほどだったとか・・

そんな時代に日本では、子供や女性が読み書きができることに、日本を訪れた外国の人すべてが驚嘆します

日本中にある寺子屋で、庶民にまで教育がなされていました

外国から来た人が、3桁×3桁の掛け算の答えを即座に答えた日本人に、“こいつらは化け物なのか”と・・

和算(そろばん)で、頭の中でそろばんの玉をはじいて答えを出したのですが、当時の普通の民間人でそんなことのできる民族は、世界中で日本人だけです

当時アジアで植民地にされなかった国は、日本とタイだけですが、植民地化しようとした西洋諸国が、日本人は非常にレベルが高く、支配するには困難である・・と報告をしています

日本人の勤勉さと、学びの深さが感じられますね
  


Posted by 尾上 正 at 06:50Comments(0)

2019年02月06日

「青春」とは、いつの時代のことか?

詩 サムエル・ウルマン 

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう

バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす

青春とは人生の深い泉の清新さをいう

青春とは臆病さを退ける勇気、やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する

ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある

年を重ねただけで人は老いない

理想を失うとき はじめて老いる

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ

苦悩、恐怖、失望により、気力は地にはい、精神は芥(あくた=つまらないもの)になる

60歳であろうと、16歳であろうと、人の胸には驚異にひかれる心、小児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる

人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる

希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜び、勇気と壮大、そして力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、20歳だろうと人は老いる

頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり、80歳であろうと人は青春の中にいる。  



最近では、三浦雄一郎氏が、前人未到の挑戦を続けておられます

90才でエベレスト登頂を計画されています オドロキ

その姿は、“青春そのもの”

体は確実に年月を重ねていきますが、“心”は、その人の考え方で、どのようにも作り出すことができます

この年になって、節分とは、「季節」を「分ける」意味があると知りました 赤面

暦の上では、すでに“春”

春風のように、さわやかに心を持っていたいですね 



  


Posted by 尾上 正 at 06:41Comments(0)

2019年01月30日

共感するとは、どういうことなのか

仕事でもプライベートでも、相手のことを思いやるということがいわれています

そこで、よく“共感”することが大切だともいわれます

“共感”=“共に感じる”

共感するというと、目の前の人と、同じ状況になる考えがちですが、“一緒”になってしまうと、感情に流されてしまうこともあります

共感  「相手に起きていることを、相手のところに置いたままで受け止め
     る」
     「受け止めるし、尊重します」という言葉や表情で知らせる
     ニュートラルな状態

同情  クリアでなくなります

「共感すること」=「受け止めること」  「同意すること」ではありません

相手の考えや気持ちを素直に受け止めて、ただ「受け止めましたよ」と返してあげる

もし、理不尽なことで非難されたときに、心が沈んでしまったときには、「受け入れた」ことになります

そのまえに、「受け止める」ことも必要かも

キャッチボールでいえば、キャッチした状態・・

あくまで、相手の方の意見を尊重して耳を傾けますが、判断するのはあくまで“自分”

「そういうふうに考えるあなたの存在を認めるよ」

という姿勢を相手の方に、はっきりと示してあげることが大切ですね ニコニコ

  


Posted by 尾上 正 at 06:44Comments(0)

2019年01月23日

大谷翔平選手が、自分で語った“成功の要因”は

今月、アチーブメント青木社長が、大谷選手と食事をしながら質問した内容から

今、日本から出て、世界で活躍されていますが、自分でその成功の最大の要因は、何だと思いますか?

「今まで、人から言われていやいや練習したことはありません 野球ボールバット

いつも自らやっているので、“楽しい”んです メロメロ

そこかなー・・、思います」



有名な研究結果で、大リーグに入団した時に撮った写真が笑顔だった選手は、普通の顔だった選手に比べ、選手生命が長いといわれています

頑張らなければ・・  義務感  × 未来へのわくわく感  “楽しい” 

WANTS  したいこと

CAN    できること

MUST   しなければならないこと

したいことと、できることと、しなければならないことは、時により相反することがあります

今、この仕事をしなくてはならないけど、本当はあまり・・

行動はアクセルを踏んでいても、心がブレーキを踏んでいる・・

したいことと、できることと、しなければならないことの“輪”の重なりの大きさが拡張していくと、力が発揮されていきます

そのために、自分は“何を本当にしたいのか”  

〇〇〇をしたい  

そこから逆算が生まれます

なぜ、いつまでに、どうやって、誰の力を借りて・・

まず、それを叶えたい土台が大切ですね ニコニコ



  


Posted by 尾上 正 at 06:23Comments(0)

2019年01月16日

成人式の涙

「魂が震える話」から

それは美容室にとって、大いに気合いが入る日。

その年の成人式も、夜中の午前2時からお客様を迎え入れ、手を休める事なく仕事をしました。

ようやくその日最後のお客様となり、成人式ヘアーをつくっていると、ものすごく視線を感じました。

その先へチラッと目をやると、その子のお母様が、じ~っと見ているのです。

娘さんのヘアースタイルの出来をチェックしているのかな~と思い、「よかったら隣で見て下さい。もう落ち着いたので、こちらに座っても大丈夫です。近くの方がよく見えますよ♪」と言い、娘さんの隣に座ってもらいました。

しばらくすると、今度は鼻をすする音が聞こえてきました。

気を使いながら、その音の方をみると、今度は涙をポロポロと流しているではありませか・・・

なんて言葉をかけていいのか分からなかったけど、

「本当におめでとうこざいます。ここまで育てるのも、大変な御苦労があったことをお察しします」

そして娘さんに、「○○ちゃん、これからもお母さんの言うことをちゃんと聞くんだよ!

そしてこれからは○○ちゃんが返す番だからね」

そう言い終わると、お母さんの嗚咽がお店の中に響きました。

まずい事を言ってしまったかな?と反省しながら成人式のヘアーと着付けが終わり、その親子はお帰りになりました。

数日後、娘さんが1人でお店にやってきました。

成人式の時のお礼にと、菓子折りをもってきて、話してくれました。

実はお母さま、5年前に余命宣告されていて、医者に言われたのが、もってあと2年・・・

娘さんが15歳の時なので、17歳の頃には旅立っている計算です。

その時お母さんは、口ぐせのように言っていたそうです。

「あんたが成人するまでは生きていたい!

成人式で着物姿が見れたら、他には何もいらない!

それまでは何としてでも生きたい!」

必死の闘病生活だったそうです。

「だから泣いていたんですね。念願の着物姿が見れて」

すると娘さんが言いました。

「それもそうなんですが、もう一つ理由がありまして」

「どうしたの?」

「実は私、口うるさく注意してくる母が嫌いで、高校卒業後、すぐに就職して引越したんです。

それからはほとんど連絡も取らず、好き勝手やっていました。

だから本当は成人式も出ないつもりでした」

「じゃあ、何で成人式に出たの?」

「20歳の誕生日のとき、から手紙が来たんです。

その手紙には“ありがとう”って書かれていました。

2年間、病気で大変な母をほったらかし、ほとんど連絡も取らない私にたいして母は、

“もうそろそろお迎えがくるかもしれないそうです・・・

だから最期に言っておきたくて、私のもとへ生まれてきてくれてありがとう。

あえなくても私は毎日あなたを思っていて幸せでした

本当にありがとう”

私は自分が情けなくなって、すぐに電話をしました。

「成人式の準備しといてよね! それまでに死んじゃダメだよ”泣きながら話していました」

「お母さん素敵だね。大切にしなよっ!」そう言った僕も泣いていました・・・





人が産まれて、子供に七五三があります

昔は子供の死亡率が高かったので、7才くらいまでに死んでしまうと、神のもとへと帰ったものだと・・

7歳を超えると、初めて人の世界に踏み入れたと、お祝いします

そして、大人になり、独り立ちとして、二十歳の独り立ちの日を迎えます

今年も晴れ着の女性をたくさん目にしました

親にとっては、子供の幸せが自分の幸せ ♡

目に見えないものの中に、大切なものがありますね


  


Posted by 尾上 正 at 06:13Comments(0)

2019年01月09日

小泉進次郎氏を支えた言葉

読売新聞 1月3日記事内容から

橋本五郎読売新聞編集委員

政治家を志すにあたって「親の七光り」などのパッシングもあったと思います。

そういう時、耐える力を与えてくれるのが書であり、言葉だったんでしょうね。

小泉 進次郎

論語にある「人知らずして憤(いきどお)らず」という言葉が、苦しい場面で支えてくれました。

2009年の衆院選で初めて立候補した時、父から「覚えておけ」と言われたものです。

自民党が野党に転落する苦しい選挙で、世襲批判も浴び、ものを投げられたこともありました。

「他人が自分のことを理解してくれなくても、怒ってはいけない」という言葉を胸に、今でも「人に伝えられない自分がいけないんだ」と戒めています。



なぜ分かってくれないんだろう・・と他責にすると、相手に原因があるので、思考停止します

どうしたら分かってもらえるんだろう・・と自責として考えると、方法は自分の手の中にあります

自分以外のことに“原因”を求めるのは、楽ですね

そこに、成長や改善の“芽”を摘むことに

平成ももうすぐ終わりますが、平成の時代に最も印象に残る政治家として、小泉純一郎氏がアンケート1位になっています

「自民党をぶっ壊す」といった短くインパクトの強いメッセージで、世論を掴む稀代の政治家でした

次の時代に、進次郎氏が、日本の舵取りをする時代が来る日も近いのかもしれませんね
  


Posted by 尾上 正 at 07:29Comments(0)

2018年12月26日

「天皇としての旅」

日本経済新聞記事から

天皇として旅を終わろうとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民の衷心より感謝する


「寄りそう」とよくいわれるが、その言葉よりもはるかに厳しい生き方かもしれない

「天皇としての立場にあることは、孤独とも思えるもの」と漏らされたことも理解できる

一人で耐えられる生き方ではない

陛下にとって幸運だったのは、「常に私と歩みをともにし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてくれた」皇后さまという「深い信頼」で結ばれた同志者を得たことだ

皇后さまあってこそ、「天皇としての旅」を続けることができたと感謝を述べられたとき、涙はなかったが、陛下は泣いているように見えた

まさに、お二人で作り上げた平成の象徴であった

陛下は「象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝する」と述べられた

それは国民からおくる言葉でもある



平成の時代がもうすぐ終わります

天皇陛下は、その歩みを“旅”という言葉で表現されました

どのような“旅”であったのか

平成は戦争はありませんでしたが、災害は多くありました

私が住む兵庫の阪神淡路大震災では、被災地を見舞われた陛下が、ひざを地面につけて被災者を見舞われました

その初めは、美智子様が被災者に自然に近づいて、ひざまずいてお話しされたことからになります

そのあとに、天皇陛下も、被災者と同じ目線でお話をされるようになりました  (それまでは昭和天皇と同じように、立ってお話をされていました)

皇族の一部からは、天皇が国民に対してひざまずくとは何事か・・との声もあったとか・・・

それでも、国民に対して、いつも“寄り添う”姿勢を貫いてこられました

天皇陛下をはじめ、この時代を生きぬいてきた人の力で作られた“平成”の時代でした

このあとの時代も、素晴らしい時代が来ることを望みます

来週は、ブログ年末休みです

よい年ををお迎えください 日の出
  


Posted by 尾上 正 at 06:53Comments(0)

2018年12月19日

人と関わることは、後ろのドアを閉めること

到知1月号 野田元内閣総理大臣談話から

私は、親族に政治家もいなく、地盤、看板、鞄なしで、とにかく自分の話を聞いてもらいたくて、あらゆる力を総動員して公民館に人を集めようとしたんですが、たった一人しか来ない。

これではいつまで経っても政治家にはなれないと思い悩んで、松下幸之助さんに相談したんです。

すると無理して人を集めるのではなく、皿回しのように人がいる前で何かやればいい、とアドバイスをくださったんです。

ああなるほどと得心して、私はその時から毎朝街頭に立つようになりました。

一日十三時間ずっと喋り続けたら、朝は素通りした人も、夕方には「こいつ、まだやってる」と集まってくる。

最初のデビューで五百人くらい集まったんです。

公民館に一所懸命人を集めようとした時はダメだったけど、街頭で十三時間喋り続けたら人は集まってくる。

幸之助さんからいただいた作戦には、目から鱗が落ちる思いでした

地盤も看板も鞄も何にもなくても、工夫すれば道は拓けるんですね。

松下政経塾では、「常に志を抱きつつ懸命に為すべきを為すならば、道は必ず拓けてくる。成功の要諦は、成功するまで続けるところにある」と教わりましたけれども、幸之助さんの教えの一番大事な原点だったとしみじみ噛み締めています



昨日の勉強会である方が、「自分は今まで人とかかわるときには、少し逃げ道を作ってきた。関わるという言葉の意味を調べると、後ろのドアを閉めて最後まで付き合うということ・・という意味があった。これからは、真正面に向き合って接していきます」と話をされていました

朝7時から街頭で話し始めて13時間続けてということは、夜の8時まで街頭演説をするということになります

会社員が朝その姿をみてもおそらく、まったく関心を持ってもらえなかったはず

会社から帰るときに演説する姿を見て、あれっと思っても、人通りの多い朝と夜に街頭演説をしているんだな・・と思われたのでは

それが連日続けていると、朝から夜まで続けて演説していると周りもわかってくる

いったい何をそれほど訴えたいのか・・  一度聞いてみようか・・

続けることは大切とはわかっていても、めげそうになることもあります

文章の中にもある、何が何でも成し遂げたいという“志”が、風が吹いても倒れない根を張り、強い幹を作っていくのだとも思います
  


Posted by 尾上 正 at 07:07Comments(0)

2018年12月12日

心の傷が、人に深みを与える

伊集院 静氏 「いろいろあった人へ」から

この季節、大きな台風が日本に近づくと、四十数年前の夏がよみがえる。

四十四年前の七月、弟は一人で海へ出かけた。

台風が近づいていた。

瀬戸内海沿いの港町の、それも波音が聞こえる町で生まれ育った私も、弟も、台風がどれだけ危険かは幼い頃から十分過ぎるほど知っていた。

子供の頃、高潮で堤防が決壊し、生家も一階まで浸水したし、台風が来る度に必ず何人かの大人、子供が亡くなった。

台風だと聞いたら、海へ絶対に近づくんじゃないぞ。 一人で出かけたら承知せんぞ。

ガキの頃から耳にタコができるほど言われて来たことを海辺に住む子供は守った。それは生きる術でもあった。

なのに弟は隣町の浜へ行き、 一人でボートを漕ぎ出し沖へ出た。

なぜそんなバカなことを、と弟が死んだ後に何度も考えてみた。十七歳だった。

サッカーの選手で、あとで聞けば二年生ですでに中国五県のベストイレブンに選出されるほどの選手だったらしい。

弟は私と違っておとなしく、こころねのやさしいところがあった。

静かな者ほどいったん自信を持てば頑固な点がある。

しかし荒れはじめた沖合いに彼が一人でボートを漕ぎ出したのには他に理由があった。

当時、二十歳であった私が父と、家業を継ぐことで諍いになった。

父は激怒し、私を勘当し、弟を医者にさせ病院を経営する考えを弟に告げ、彼も納得した。私は家を出された身なので、それを知らなかった。

でも弟にも彼の人生の夢があった。

冒険家になる夢であった。彼はそれをかなえるべく冒険家になる体力を鍛えていたのだ。

少しでも時間ができれば筏を作ったり、ボートを漕ぎに行っていたらしい。

弟が行方不明の報せが入ったのは、その日の夕刻で、海の家の主人から弟がボートで沖ヘ行ったまま戻って来ていない、と報された。

私も夜の飛行機で山ロヘ向かった。

夜半の浜で二十数名の男たちが父を中心に捜索をはじめていた。

ボートはすでに空のまま浜へ揚がっていた。

両方の岬の岩場を中心に男たちが弟の名前を呼びながら波音の中を探した。

父は呉沖で戦艦陸奥の引き揚げをしていたサルベージ船を強引に呼んだ。

母は弟の名前を呼び、浜を一日中、雨に濡れ歩いていた。父に言われ、私は母を迎えに何度も浜へ出た。

十一日目の夜明け方、海に浮き上がった弟を見つけたのは母であった。

一瞬の浮上だから、船で急いで沖へ行き、私は海へ飛び込み弟を抱いた。すでに息絶えていた。

検死の医者が戸板の上の弟を診ている時、母は大声で言った。

「普段、身体を鍛えている子でございます。先生、どうか生き返らせて下さいませ」

あれから半世紀近くになったのだ。

我が子を陸に揚げた折、無念さに拳を握りしめて深い傷を作った父はすでにない。

今でも母は弟の写真の前で、笑って声をかける。

「元気にしてますか? マーチャン」



弟さんが、なぜ嵐の海の中に漕ぎ出していったのかは書いてはありません

ひょっとすると、本人にもわからなかったのかも・・・

多感な時期に、自分の夢がかき消されていく辛さをぶつけたかったのかもしれない

伊集院さんは、自分が家を出なければ弟は死なずに済んだときっと思われたと思います

そして、その十字架を一生背負っていく

伊集院さんの読者からの質問に対しては、かなりきつい言葉も含まれています

ただ、その中に深い重みがあります

人は誰でも見せないだけでその背中に傷を持っていますが、それがその人の深み・重みを作り出す糧(かて)となっているとも思います

  


Posted by 尾上 正 at 06:27Comments(0)

2018年12月05日

素直になると、優しくなれる

高野登、志賀内泰弘著 
「また、あなたと仕事がしたい!と言われる人の習慣」から

親子というのは、関係が近いだけにお互いにわがままを言ったりして難しいものです。

親は子供のためにと思い、ついつい口うるさくなる。
子供は子供で、感謝はしているけれど素直になれない。
さて、友人が酒の席で、問わず語りにこんな話を始めました。

東京で働いている23歳になる娘がいます。
この娘、小さい頃はお父さんっ子で、お風呂に入るのも一緒、寝るときも一緒でした。
ところが、小学5年になったあるときから、「お父さんとはお風呂に入らない」と言い出しましてね。次第に私から離れていき、高校生になると、私が帰宅した車の音がするだけで自分の部屋にこもってしまうようになりました。

娘は、「お父さんから離れたい」と言い、わざわざ東京の大学に進み、東京で就職しました。
私は寂しくて、娘にはがきを書き始めました。
「おまえのことをいつも思っている」と伝えたいために。何通も。
でも、一度も返事の便りはありませんでした。

1年近く経ったある日のこと、上京して、妻と2人で初めて娘を訪ねました。
娘は、「仕事があるから」と言い、夜8時に渋谷駅のハチ公前で待ち合わせしました。
「どうしても、そこで、その時間」だと言うのです。
私たち夫婦は、「男友達でも紹介されるのか」と心配しながら、少し早めに行きました。
娘も間もなくやつてきました。
でも、「8時までここで待って」と言うのです。
ますます不安になりました。いったい誰が来るのだろう……。

8時になりました。すると、「ほら、あそこ」と、娘がビルの壁の大きな電光掲示板を指差しました。
そこには、「おとん。おかん。めいわくかけてゴメンナサイ」という文字が映し出されました。
それを見た瞬間、涙でもう何も見えなくなっていました。
娘はそんな私たちを見て笑っていました。気持ちがつながったと感じました。
妻も隣で泣いていました。

時折ふらっと帰ってくる娘は、日付順に整理されたはがきのファィルを見せてくれます。



親というのは、世界中のどこにいても子供のことを思っています

たとえ、命がなくなったとしても、空の上から見守っている

「親の心子知らず」という言葉もありますが、子供も本当は心の中ではわかっているはず・・

ただ、あまりにも近いので、なかなか言葉では出しにくい

大切なものは、いつも身近にありますね
  


Posted by 尾上 正 at 08:27Comments(0)

2018年11月28日

あなたが将来がんになる確率は?

生涯でがんにかかる確率は、男性で62%  5人に3人
              女性は47%  2人に1人   2016年度

亡くなるのは、それよりも少なくなり、
              男性で25%  4人に1人
              女性で16%  6人に1人

“あなた”が、がんにかかる確率は、あくまで平均的な確率で言えば、男性なら約60%、女性は約50%です

例えはとっても悪いのですが、映画で見たことがありますが、ロシアンルーレットというものがあり、6発の銃口に1発の弾を入れて、弾道を回して、頭に当てて引き金を引くことができれば、勇気のある男と認められる  
(そんなことで“勇気”を測るのは、本当に愚かなことと思いますが)

その確率よりも、もっと高い確率で、がんにかかる率は高くなっています  なき

遺伝子に“エラー”を起こす最もリスクの高いものは、“活性酸素”というのが、専門家の共通した意見です

タバコや紫外線などの、外からの影響も大きな活性酸素を生み出します

ただ、活性酸素の半分以上は、体の中から作り出されます

活性酸素は、悪者だけではなく、体を守るために作り出されています

人が活動するときに、けがから体の中に侵入する“菌”を殺すために、多く発生します

体を動かしたときには体を守るために使われますが、実は、ストレスでも同じように、緊張状態になるため、活性酸素が多く発生します

ストレス状態では、体を動かすことではないので、活性酸素が使われることはなく、自分の体に害になってしまいます

適度なストレスは、モチベーションの一つにもなり、良いものですが、過度なものは、心だけではなく体にも大きな影響を与えてしまいます
上手に付き合うことが大切ですね


  


Posted by 尾上 正 at 07:58Comments(0)

2018年11月21日

刑事コロンボの、質問のツボをご存じですか?

平成も終わろうとしている今ですが、昭和の時代に、“刑事コロンボ”が大変な人気でした テレビ

ボサボサの頭で、よれよれのコートであらわれて、「うちのかみさんが・・」が、印象深いフレーズです

実はとっても頭の良い人で(ドラマの中で、追い詰められ自供した学者の犯人が、コロンボ刑事に簡単なIQテストをして、その凄さに驚嘆しているシーンがありました) オドロキ

コロンボ刑事は、いつも今思いついたように、ボソボソっと犯人に対して質問を投げかけていきます

犯人は鋭い質問に動揺を見せないように、顔をひきつらせながらも、巧みにそつなく答えていきます

「あーそうだったんですね・・・わかりました」  
頭をボリボリかきながら後ろを向いて帰っていきかけた“その時”

「あー、そういえば」と振り返り、一番ひっかかっていた質問を投げかけます

今まで刑事を相手にして、緊張の張りつめた時から、“尋問”が終わり、相手が背を向けた時にの“ホッ”としたとき
ボクシングでいうと“ガードが下がったとき”に、右ストレートが飛んできます 

今までは“鎧(よろい)”で身を守っていたのに、“本音”がポロッと出てしまいます



以前に、女性のトップ保険営業レディが話をされていたことで、会社訪問をした際に、帰り際にドアの前で思い出したように振り返り「あっ社長、そういえば○○の件は、どうなされたんですか?」

営業では、反応トークというのがあります
こう聞かれたら、こう・・  こう質問されたらこう・・

それが、“試合本番”が終わって、力が抜けた時に言葉が飛んでくると、事前に用意した言葉ではなく、自分の“本音”がでます

こちらがファイティングポーズをとっている間は、相手もガードを固めます

力を抜く“間”も必要ですね



  


Posted by 尾上 正 at 08:08Comments(0)

2018年11月14日

一流の人がみんな持っているメンタルとは?

白石豊×室谷義秀著 「世界一のメンタル」から

室谷義秀氏は、空のF1といわれているエアレース(スキーの大回転ように、時速370㎞で、ポールをかわしながらタイムを競う)パイロット

室谷はメンタル弱さを何とかしようと、白石にメンタルコーチを依頼した

「レースが始まれば競技に集中できます。しかし、レース前の恐怖心、緊張がどうしても払拭できないのです」

白石は、室屋の話に耳を傾け、ゆっくり頷きながら口を開いた。

「あんな飛行をすれば誰だって恐ろしくなりますよ。
でも大丈夫、良い選手ほど怖がりなんです。
ボクシングの世界チャンピオンだって、試合前の控室で震えています。
それがいざリングに上がると、その恐怖を戦いのエネルギーに変えることができるんです。
日ごろの練習だって、『失敗したらどうしよう。負けたらどうしよう』という怖さがあるからこそ、 つらいトレーニングにも耐えられるんだから。
恐怖心が強いほど選手は練習をします。
一流はみんな臆病なんです。

たいしたことないやと言う人ほど、試合が始まった途端に震えて力を発揮できないことが多いのです」


本の中に書いてあった言葉ですが、心に響きました

世界チャンピオンでも、本番前では震えている

その怖さに打ち勝つために、自分を奮い立たせている

その昔、マイク・タイソンは、試合前の控室で体を動かしながら、“Yes、I、Can” “Yes、I、Can” “Yes、I、Can”

まったく恐さがなかったら、自分を鼓舞する必要はありません

恐くてもいい、臆病でもいい・・ だからこそ準備をする、トレーニングをする

そして1歩前に踏み出すこと


たつの市、観光イメージポスターから
とっても素敵な写真なので、写メしてきました
大切なものは、いつも近くに





  


Posted by 尾上 正 at 08:29Comments(0)

2018年11月07日

あなたのお腹の脂肪は、何カロリー?

食欲の秋・・  が過ぎ、あっというまの立冬に

ちょっと前まで、くらくらするほど暑かったのに、もう遠い昔のようです

脂肪は3大栄養素の1つなので、とても大切のものなのですが、現在健康やダイエットの目的で“悪者”になっています

  戦後、日本人の寿命が飛躍的に伸びた
  (女性は50年で25年延びましたオドロキ )誘因の一つは、
  脂の摂取量の増加があります
  脳出血が死亡原因で1番だったものが、細胞膜(脂)が丈夫になり
  血管が切れにくくなりました  今は摂りすぎが問題ですが・・ ちっ、ちっ、ちっ

体脂肪は1㎏で、7000kcalになります

7000 ÷ 30日で換算すると、1日では230 kcalくらいになります

お茶わん1杯では、約200 kcalなので、1日お茶わん1杯分のカロリー減で、1ヶ月で計算上は1㎏痩せることになります

逆に言えば、お茶わん1杯分多めに食べると、1ヶ月で1㎏太ります

ちなみに1㎏太ると、増えた細胞に栄養を運ぶために、血管は50㎞ほど増えます 

増えた血管に血液を流すために、血圧も上がり気味になります
  (逆に1㎏減量すると、血管は同じように少なくなります)

1日10分歩くと、約30kcalの消費量になるので、1年続けると、10,000kcalになり、1.5㎏ほど減量できます

食事と運動を合わせると、もっと体作りに役立ちます



人の体は自分の体を守るようになっているので、飢餓の時代が続いてきた名残で、少しのカロリー減を続けても、体重を減らそうとはしません

低カロリーに慣れてくると、このカロリーでも大丈夫だと体が判断して、その後に体重が落ち始めます

最初は一生懸命努力しても、なかなか結果が出ない

体だけではなく、仕事でもプライベートでも、ある意味当たり前のこと

そこであきらめず、少しの積み重ねでも、続けることで大きな流れに

月刊 至知 メールマガジンから 立冬
http://www2.chichi.co.jp/t?r=AAACTfcWBE0k6q06WmWNoSLIo1pU0ZGHE00ayg

  


Posted by 尾上 正 at 08:20Comments(0)

2018年10月31日

血液サラサラの薬は、本当にサラサラになるのか?

脳梗塞を起こした患者さんなどに対して、再発予防に薬が処方されます

病院からは、“血液サラサラ”の薬と説明されて、出されています 

血液サラサラ・・って、とってもいい響きです

Q 本当にそうなるのでしょうか?

A 病院で出される“血液サラサラ”といわれている薬は、血液サラサラに
  はなりません (キッパリ)

けがをしたときには、けがを修復するために“かさぶた”ができます
体を守るためにつくられて、けがが治ると剥がれます
血管の中では、“血栓”として、その名前の通り、血管の“栓”として、血の流れを止めてしまいます

“血液サラサラ”とされる薬の働きは・・

脳梗塞のリスクを半減できます  
10人の将来の脳梗塞の再発が5人に減ります

その副作用として、脳出血のリスクが2倍に増えます 炎
将来の1人の脳出血患者が、2人に増えます

10人の脳梗塞の患者さんが、“血液サラサラ”薬を服用すると、5人の方が、その後の再発を防げますが、その薬を服むことで2人が脳出血になります

プラス5 - マイナス2 = プラス3に  
相対的に、助かる方の数が増えます アップ

今年は西日本豪雨があり、河川が氾濫しましたが、堤防が決壊しそうになると、土塁(どるい)を積んで氾濫(はんらん)を防ごうとします

“血液サラサラ”の薬は、土塁(血栓)を積むのを妨げる働きをするものです

薬を飲むことによって、だれが命が助かるのか、命が短かくなるのかは、誰にもわかりません

“おみくじ”と例えられて、“神のみぞ知る” 

そんな薬を、“血液サラサラ”という、いかにも健康にいい魔法のような表現をしていいのか・・

長々と説明が続いてしまいましたが、ほとんどすべての“商品紹介・広告”は、マイナスの部分を棚に上げて、プラスの部分だけをアピールしています

人も、“いい部分だけがあって、欠点がない”・・・そんな人は、まずいません

本当に大切な人だと思えば、利点だけできなく欠点もきちんと、話をしてくれるはず

そんな人が大切ですね ハロウィンカボチャ


  


Posted by 尾上 正 at 06:55Comments(0)

2018年10月24日

日本人が大切にしてきた“美しさ”

ひすいこたろう著

なぜジョブズは、黒いタートルネックしか着なかったのか?から

以前、熊本の幣立神宮で正式参拝をさせてもらったときに、神主さんがこんな話をしてくれました。

「日本人が大事にしてきた叡智である神道には、あるものがないんです」

他の宗教だったら考えられない決定的なものがない、何だと思いますか?

“教えがない”んだそうです。

教えがない宗教なんて、他に考えられます?

でも、教えがないから相手を裁かないし、ケンカせずに相手に合わすことができるんです。

教えがないということは、教えを守らなかったときに落ちる地獄もないということ。

地獄がないから、誰かに救ってもらうべく救世主も必要ないのです。

日本人は救世主を待たなくてもひとりひとりが内なる叡智とつながっていけると考えていたのです。

教えはない。救世主もいない。そんなの宗教じゃない キョロキョロ

そう、宗教じゃないんです。

「神道」は宗教ではなく、日本人の「生活」だったんです。

「では、教えがないかわりに、何があったと思いますか?」

神主さんの話にはまだ続きがありました。

「美しいか、美しくないかで判断する感性があったんです」

これが答えでした。

「その行為は美しいのか?」

これが日本人の生活(神道)の本質だったわけです。




さだまさしさんは、どちらか迷った時は、どちらが“美しい”のかを自分の基準にしていると本に書いてありました

そんな思いが、あの秋桜(コスモス)のような、日本人の心に響く詩になっていったのでしょうね

正しさも大切ですが、人それぞれにその人なりの“正しさ”を持っています

多くの宗教では、自らの教えが正しく、そうでない教えは間違っていると・・

日本では、もともとたくさんの神様が共存し合っています

対立ではなく、認め合う、受け入れる美しさって、素敵だと思います


たつの市御津町 コスモス畑








  


Posted by 尾上 正 at 06:47Comments(0)

2018年10月17日

ママの執念、企業を動かす

日本経済新聞10月14日内容
「ママの執念、企業を動かす 同じ悩みを持つ皆のために」から

双子と一緒に自転車で出かけたい。そんな願いに応える3人乗り自転車が評判を呼んでいる。

開発したのは大阪市に住む双子ママの中原美智子さん(47)。

子育て中で、ものづくりの経験もない中原さんが製品化にこぎ着けた原動力は何だったのか。

「やっと完成したのに、自分の子供は大きくなって乗れないんです」。

中原さんとともに現れたのは、運転席の後ろに小さな椅子が前後に並ぶ三輪の「ふたごじてんしゃ」。

6歳未満(22ロキ未満)の2人を乗せても安定走行ができ、5月の発売以降、入荷待ちが続く。

きっかけは双子を授かった2010年に遡る。 長男の出産から7年。

待ち望んでいたはずが、忙しさは想像以上で、次第にかわいいと思えなくなってきた。

体力的な負担よりもつらかったのは「子供の可能性を奪っている」という後ろめたさ。

長男が幼い頃は自転車で出かけ、季節の移ろいを感じられたのに……。

子供を前後に乗せる夕イプの3人乗り自転車はバランスがうまくとれず、転んでしまった。

それ以来、自転車が怖くなり、遠出もしないで家にこもりがちにもなった。

子供に手をあげそうなほど追い詰められたある日、思い立った。「無いならつくろう」

とはいえ、ものづくりは素人。

電話帳を手に町工場へ片っ端から電話したが不審がられ、直談判しても「世の中に無いのはできないからだ」と言われた。

メーカーにも電話やメールなどで繰り返し訴え、直接会いに行った。

担当者が中原さんの熱意に折れて試作品をつくってくれたが、メーカーの上層部が「そんなものは売れない」と反対し開発は中止になった。

それでもあきらめなかった。

試作品を自家用車に積んで各地で試乗会を開いた。

そこで聞こえてきたのは双子ママの切実な声。

「虐待してしまいそう」「外に出たい」。 自分と重なり身につまされた。

単なる思いつきは執念に変わっていった。

そして評判は大手自転車部品メーカーに伝わる。

託された双子ママの思いをぶつけ開発の意義を訴えると、ようやく製品化にゴーサインが出た。

「何も知らなかったら、突っ走っただけ」

当時を振り返ると恥ずかしくなるが、自転車を通じて同じ悩みを持つ仲間と持つながった

今夏、多胎児を育てる親などを支援するNPO法人を設立した

「仕方ない」というあきらめをなくしたい

挑戦は続く



少し前になりますが、新聞報道で、「カルガモ自転車」が、道路交通法で認められることになったと・・

なにげなく見ていただけですが、そのうらに一人の女性の挑戦があったんですね

“どうしても”との思いが、初めは小さな風が、壁をたたき続けることで、大きな風になり、ついには、法律まで変えることになる・・

人は自分のためにも頑張れますが、自分の大切なもの(人・もの・愛・・)のためには、信念が生まれます

小さなことの前には小さな壁が、大きなことの前には大きな壁が・・

その先に、扉が開くことも

キーマン(レディー)を見つけることも大切ですね 






  


Posted by 尾上 正 at 06:39Comments(0)

2018年10月10日

あなたは、サンタクロースですか?

昨日、私の業界で、研修の講師として、お話をしました

その最後に、サンタクロースの話をさせていただきました

サンタクロース

優しい笑顔で、おだやかで ニコニコ

プレゼントを持ってくる

何かを得ようと、目をギラギラさせているサンタっていないですね

サンタを迎える人は、喜んで笑顔で迎えてくれます メロメロ

そんな笑顔がうれしい

背中には大きな袋を担いで、その子供たちにあったプレゼントが・・ プレゼント

ないものは出せません

その人が喜ぶプレゼントを出すには、色々なインプット(知識・情報・経験・・)を、自分の担いでいる袋に事前に入れておく必要があります

インプットなき、アウトプットはない

アウトプットすることで、インプットが生きてきます

インプットは意識の中、アウトプットは行動

本を読むことなどは素晴らしい自己研さんですが、その中で少しでも“実行”してみる

何も入っていない“袋”を担いでうろうろしていると、泥棒と間違われちゃいます   なき
  


Posted by 尾上 正 at 06:34Comments(0)