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2016年03月30日

校庭に“ブレスリー”が流れた日

今からずっと前に、大阪のマンションの新聞広告で、宇崎 竜童さんが片足を跳ね上げてベースギターを、その横で阿木 燿子さんがフラメンコドレスで舞って・・

当時50才位になられていたと思いますが、なんてかっこいいんだろう メロメロ

日本一かっこいい、ご夫妻だと思います


                     日経新聞 3月記事から

僕は、母と一緒に生活指導の先生から呼び出された

「近頃の歌謡曲は小学生にふさわしくないので、決して歌わないようにと言ったのに、お宅の息子は何ですか」

「僕が歌っていたのは、歌謡曲ではなくロックンロールです」

それで、なおさらこっぴどく叱られた

その週の土曜日に、新卒で赴任してきた若い女性の先生の岡田先生に、
「この間しかられたでしょ、ハートブレイクホテル歌ってたんだよね、レコード持ってるの」

「姉が持っているんです」

「それ聴きたいな」

僕は喜び勇んで転がるように走って帰り、エルビス・プレスリーのレコードを抱えて学校に戻った

土曜の午後、当直で残っていた先生は、職員室にある手回し蓄音機でレコードをかけた

校庭に向けたスピーカーにつながっていて、僕は一人で鉄棒にぶら下がり、スピーカーから大音量で流れてくるエルビスの歌を、痛快な気分で聞いていた

「ああ、格好いいな、この先生」 僕はある種の共犯意識と共に、そう思った


先生は早くに亡くなられたが、街で偶然息子さんにお会いしたときに、
「母から音楽を流したこと、その生徒が宇崎 竜童さんなのよって、テレビに宇崎さんが映るたびにその話をしていました」



今の時代では(たぶん当時でも)校庭のスピーカーからプレスリーが流れてくれば、どうなるのか

自分をわかってくれる人がいる、自分を認めてくれる人がいる・・

この一つのできことが、宇崎さんのその後の音楽人生に大きな影響を与えたのだと思います

教育は、人を育て、人を創る力を持っていますね





Posted by 尾上 正 at 08:32│Comments(0)
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