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2011年11月02日

「おら、幸せだったわい」

私の業界の先人の田邉さんは岐阜県を50年もお客様の家を一軒一軒廻り続けられました

ある時、なにげなく大好きなおばあちゃんの入院している市民病院にお見舞いにいった時に、臨終に立ち会われます

おばあちゃんの様態が突然急変し、呼吸困難になります

しばらくして、突然それまで閉じていた目を見開いて、まじめな顔で、
「おら、ほんと、幸せだったわい・・」

目を閉じ横に向けた顔の閉じた目から涙が一筋、二筋流れ落ちます

田邉さんは人の本当にきれいな水と思われたそうです

少しして、目を閉じたまま深いため息をついて、また
「おら、ほんと、幸せだったわい・・」

田邉さんはこれがお別れと涙が流れ、息子さんやお孫さんが体をゆすって声をかけます


時間が長かったのか、短かったのか  
おばあちゃんは目をパッと見開いて手を胸の上であわせ
「おら、ほんと、幸せだったわい・・」

言葉が終わるか終わらぬかのうちに、テレビドラマのシーンのようにガクッと首を折り逝ってしまわれました

おばあちゃんは子宝に恵まれなく、5才の男の子を養子として育て、息子さんのお嫁さんも4人目の子供さんの出産後に亡くなられて、その後はお孫さんを大切に育てていきます

家の中は足の踏み場もないほどの、毎日が大変な生活な中で、一番上のお孫さんを中学校の先生に、二番目を栄養士に、三人目は調理師に育て上げられました
家の中は、いつもあたたかい空気がありました


おばあちゃんの気持は、どのようなものなのかはわかりません

3度の「おら、ほんと、幸せだったわい・・」

想像するに、1回目は自分への幸せ、2回目は、周りの人への幸せ、3回目は感謝の幸せだったのかな・・と想像するだけです
おばあちゃんが亡くなられて49日までの法事までお骨が家においてあり、仕事から帰ってきた義理の息子さんやお孫さんが、交代で骨壷を膝に抱いて温めてあげられました



幸せって、なんなんでしょうか

追い求めるのではなく、心で感じるものなのかも

自分の命が消えるときに、「あー 幸せだった」 という以上に、幸せな人生はないのかも




  沖縄 夕日  


Posted by 尾上 正 at 10:23Comments(2)